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昨日、新築開業となったJR北海道旭川駅から1条通を西方に約700m程歩いた昔ながらの市街地にある(国道237号線にほぼ沿っています)「旭川支部-旭川2 金栄湯(1条通2丁目右4号)」を訪れました。 正面側の両側にトイレ(水洗)が配置された昭和後期?の簡素な造りの銭湯ですが(後部に金属製細円筒型煙突があります)、「北海アルバム社 旭川市街案内図 昭和28年(1958年)7月 復刻縮小版 2011(平成23)年4月20日発行 (株)あいわプリント 協力:旭川市中央図書館(収蔵)」に掲載されていますので、創業は相当古く(昭和前期?)、現存する建物(正面壁に屋号)は建て直されたものと思われます。 白く屋号が染め抜かれたオリジナルの茶暖簾を潜るとシンプルな玄関で、さらに戸を開けて入ると、三和土から直接上がるレザー敷きの脱衣所です。 もちろん番台(シンプルな造り)形式で、下足は棚に入れるスタイルです。 MOM TOKYOと折り鶴マークのアルミ板鍵の脱衣ロッカー(薄いブルーのペイント)とプラスチック製の長方形の籠が使われており、置き道具用のロッカーも脱衣ロッカーと同系です。 新しめの3枚羽根の天井扇があり、ぶら下がり健康器、ローラーベッド(動くかは不明)、さらに女湯側には赤の「ヤマト自動マッサージ機」とお釜型ヘアドライヤー(現役!)もあります。 浴室は改修されているようで、床のタイルはモダンなものになっています。、金属スレートによるすり鉢状の天井の中央には縦長方形の小さな湯気抜きがあります。 浴槽は奥横配置同サイズ2槽式で、外側深浴槽が神天石=ブラックシリカ風呂、内側浅浴槽がジェット2基(超音波気泡温泉/施工:織田鉄工場)、隔壁から両側にツルカメの11/2の水カランがあります。最内側に熱気浴(湿式サウナ)があります。外側手前側に水風呂があります。 カランは、押し手が古い宝と逆三角形がほぼ半々で、鏡(一部に寿司屋・肉屋・菓子店・スーパーなどの広告の名残)と不揃いな固定シャワー(1つのみロングシャワー)付きで、内側6つ(斜め配置で水がある/手前に噴水型の水飲み)、4つ&4つの島(湯のみで水がない)、外側5つ(斜め配置で水がある)の配置になっています。 地下水を使用しています。 浴室中隔壁手前側には小さな業務用ドアがあります。 関西型の黄色いケロリンの湯桶と一部に緑のM字椅子が使われています。 JR北海道旭川駅やホテルのある中心街から徒歩圏内ですし、駐車場(ほぼ隣接する「日本料理 福鶴亭 本店」のものと兼用)もありますので、「道北銭湯の基本形」を体験しに、旅の途中で立ち寄られてはいかがでしょう。 追記 ついに北海道公衆浴場業生活衛生同業組合旭川支部の完全制覇となりました。HPの関係部分も増設します。 追記(2011.8.19) 昭和2年(1927年)に9条13丁目で創業し、昭和17年(1942年)に現在の場所に移転。現在は3代目が経営。昭和62年(1987年)頃に改修し、浴室の位置と形を変え、サウナを増設した。 <参考> 北海道新聞旭川支社 湯快だな(2004.6.23) http://asahikawa.hokkaido-np.co.jp/yukai/20040623.html PR |
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昨日、JR北海道新旭川駅からJR宗谷本線にほぼ沿って旭川駅方向に約800m程歩いた昔ながらの商工業地域にある(宇朱別側の北側)「旭川支部-旭川19 羽衣湯(東8条1丁目3-12)」を訪れました。 昭和後期?の簡素な造りの銭湯の改修版のようです(前面2階とサイドは自宅です-別に玄関があります)。 白く屋号が染め抜かれたオリジナルの黒暖簾を潜ると細いシンプルな玄関で、さらに引き戸を開けて入ると、三和土から直接上がるレザー敷きの脱衣所です。 もちろん番台(シンプルな造り)形式で、斜め木板鍵の下足ロッカーがあり、傘立ては鍵の部分のみが外されて壁に直付けになっています(驚異の工夫!)。 脱衣所中隔壁上に招き猫が鎮座し、その後方では羽根の短い天井扇が稼働しています(あまりの高速回転のため何枚羽根かわかりません!)。 折り鶴マークのアルミ板鍵の脱衣ロッカーと籐製の籠が使われており、浴室入口付近はマーブルタイルの床になっています。白い小円形で陶製の水受けもあります。 「祝○旭川浴場組合創立100周年記念」の和柄の幟が置いてあります。 懐かしのテーブルゲーム機〔(株)ロジテックのBall Chaser Deluxe(ブロック崩し)〕が置かれていますが、大変残念なことに故障しています。 女湯側には緑色の「ヤマト自動マッサージ機」と古い「赤ちゃん用体重計(針式&籐製の籠)」と「貫目表示の体重計」もあります。 脱衣所外側のドアの向こうにはトイレがありますが(ちょいとレトロ)、サイドの居住スペースにつながる戸もあります。 浴室は昭和後期~平成初期?に改修されているようで、床のタイルはモダンなものに、浴槽背面はレリーフタイルになっています。金属スレートによるすり鉢状の天井の中央には横長方形の小さな湯気抜きがあり、その屋根が古いプラスチック製波形建材のため、かなりの雨天の訪問時は真下で天候がわかる状況でした(これもレトロ銭湯の味の1つ)。 逆L字型に改修された浴槽は、外側が、奥角の流れ落ちる湯口からジェット1基(超音波気泡温泉/施工:織田鉄工場)・バイブラを通り手前の流出口につながる流れ風呂で(内角にツルカメの11/4の水カラン)、さらにジェットのない寝風呂につながり、バブルのある温水プール並の温い深風呂、手前に排水口のある小さな水風呂・・・という3槽式です。最外側に熱気浴(湿式サウナ/施工:織田鉄工場/熱い!)があります。 カランは、押し手が古い宝で(黒変している・・・これもレトロ銭湯の味の1つ)、鏡と固定シャワー付きで、内側6つ(手前に噴水型の水飲み)、6つ&6つの島(ここのみ水平配置で水がある)、外側4つの配置になっています。 浴室中隔壁手前側には小さな業務用ドアがあります。 勿体を付けて最後に書きますが、ガラスブロック壁になっている浴室中隔壁中央部の上には、「新しい浴場広告 サンライト」があります※。四面に「アナログ時計」と「病院」「医院」「広告会社自体」の広告が配されたアクリル板で作られた立方体の電気広告がモーターユニットの上でゆっくりと回転しています。「どこの浴場でもお取付け致します」と連絡先の電話番号も書かれていますが、今電話するとどうなるのでしょうか(他の銭湯の関係者もあまり来ないでしょうし・・・)。 ※「旭川-旭川3 こがね湯」の脱衣場にあるものも非稼働ながらこれだったようです。 http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/64/ 時代が味を加えた(つまり黄色みがかった)サイドに浴場用と入った関西型の白いケロリンの湯桶(おそらく黄色が淡くなったものではない!?)と緑のM字椅子が使われています。 なかなか昭和を感じる銭湯です。 是非お越しくださいませ。 追記(2011.8.19) 昭和40年(1965年)の創業で、昭和60年(1985年)に改修。現在は2代目が経営。 <参考> 北海道新聞旭川支社 湯快だな(2005.1.5) http://asahikawa.hokkaido-np.co.jp/yukai/20050105.html コメントをいただいたので再追記(2011.8.31) 特徴的な屋号は、創業者の親族に「旭川市の隣町の上川郡東川町にある天人峡温泉の大岩風呂を築造した人」がいたため、同温泉近くにある北海道一の飛瀑である「羽衣の滝」に因んだとのこと。 <独自HP> http://www016.upp.so-net.ne.jp/hagoromoyu/index.htm <独自ブログ> http://hagoromoyu.blog.so-net.ne.jp/ |
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昨日、旭川駅の北方約2km、石狩川にかかる金星橋の向こう岸の袂近く、昔ながらの住宅街にある「旭川支部-旭川20 平和湯(大町2条1丁目)」を訪れました。 昭和中期?の簡素な造りの銭湯の正面フロント改造版のようです。 建物後部は古い建物そのままに近く、緑のトタン屋根の小さな湯気抜きの上には蓋付き煙突状の突起があり、屋号のプレートの付いた茶に変色した金属製細円筒型煙突が立っています。 薪で沸かしているようです。 大町小学校にほぼ隣接しているためか、正面には何やらポップな動物のイラストが描かれています。 北海道護國神社(一時は北海道神社に改称)から500m程でもあり、創業が1956年(昭和31年)6月9日の廃止前であれば、旧旭川市街軌道近文線(旧師団線・・・後に短縮&分割営業のため六号線と東六号線に改称)の電停からも近かったのかも知れません。 小さなアルミ板鍵の下足ロッカー(と棚)のある玄関から入ると、格子状の飾り天井のフロント&休憩スペースで、旭川らしい木を生かしたテーブルが置いてあります。オレンジのフジ美容マッサージ機は現役です。金魚の水槽2つが置かれた奥側の戸の向こうには、後方の居住スペースにつながる廊下があります。 北海道公衆浴場業環境衛生同業組合のお願い文(日本語・英語に加えて中国語さらにはロシア語併記)が貼られています。 脱衣所は塗りのないそのままの木床で、小さなアルミ板鍵の脱衣ロッカー(中が二段式で使いやすい!)と籐製の籠が使われており、木製のベンチが置かれ、浴室入口の簀の子も木製です。女湯の脱衣所には貫目表示の体重計もあります。 浴室は昭和後期~平成初期?に改修されているようで(タイル壁になっています)、金属スレートによるすり鉢状の天井の中央には横長方形の小さな湯気抜きがあり、対角線に配置された2つの円孔は蓋付き煙突状の突起へとつながっています。 浴槽は、(使い込まれた)檜風呂-木筒から流れ落ちる湯口&ツルカメの11/4の水カラン&熱め、ゲルマニウム温浴-パイプから流れ落ちる湯口&ツルカメの11/2の水カラン、超音波気泡マッサージ器(座風呂2基)-ツルカメの11/2の水カラン&温め・・・の3槽式です。最外側に乾式サウナ(別料金)があり、その手前に「掘り込まれた小さな水風呂(上方に立ちシャワーの痕跡とロングシャワー)」があります。 カランは、押し手が「六角形内に円さらに内に矢尻の柄」で、この地域には珍しく全て湯と水があり(しかも水平配置)、鏡と固定シャワー付きで、内側3つ(手前に噴水型の水飲み)、3つ&3つの島(外側は高い造り&金属製の物置場設置&手前にロングシャワーと高齢者用の座椅子に対応しています)、外側3つの配置になっています。 何と、湯桶まで新旧&大小取り混ぜた木製で、さらには椅子までも木製(&緑のM字)です。 木へのこだわりが感じられる銭湯です。 木桶の奏でる浴室に響く音「カコ~ン!」は実に耳に心地よいものです。 広い駐車場もありますので、ご家族連れで、さらには北海道旅行の途中でお立ち寄りくださいませ。 追記(2011.8.19) 昭和26年(1951年)の創業で、昭和63年(1988年)頃に改修してフロント形式にし、檜風呂と高齢者対応のカランを導入した。現在は2代目が経営。地下水を使用。 <参考> 北海道新聞旭川支社 湯快だな(2004.3.10) http://asahikawa.hokkaido-np.co.jp/yukai/20040310.html |
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埼玉県18軒目になります。 西武鉄道所沢駅西口から北側に延びるショッピングロード(所沢プロペ)を通り、所沢ファルマン通りを北進して道なりに西進した小金井街道(県道179号線)=かなやま通り(金山町商栄会という古い商店街)から路地を北に入った古い住宅地にあります(温泉マークと屋号と電話番号の書かれた電気看板が目印)。 簡素な造りの東京型に近い銭湯の正面を煉瓦風に改造したものです。後方に温泉マークと屋号の入った金属製円筒型煙突があります。 戸のない玄関にはプラスチック板鍵の下足ロッカーと昔ながらの傘入れロッカーがあり、自動ドアを開けて入るとフロント&休憩スペースです。 フロントの上には、屋号の由来(HPには「弘法大師ゆかりの地 弘法の湯」と記載)となった「弘法大師の三つ井戸」の写真が掲示してあります。 <参考> 所沢市のHP(該当ページ) http://www.city.tokorozawa.saitama.jp/enjoy/kids/hibari/reportmeisyo/mituido/ 木床でコンクリート製飾り天井の脱衣所には、屋号入りの緑の法被を着たゴリラの親子?と古めの体重計(SHIBATA/ガラスに貫目の目盛り・ボクシングの階級目盛り・標準体重表が貼られている)があります。 浴室はタイルを含めて新しく改修されていますが、天井は基本的に木製平天井、湯気抜きは中央横向き長方形で格子3つ・・・とあまり見ない形式です(表現できません・・・是非実際にご確認を・・・)。 浴槽は外側手前側が広く類扇形に拡張されており、内側に薬湯(宝寿湯)、中央部にミクロバイブラ、外側奥からショルダーシャワー・座風呂・電気風呂が並んでいます。内側手前側に立ちシャワーもあります。 手前外側に水風呂と遠赤外線ガスサウナ(乾式/別料金)が増築されています。そのため脱衣所と浴室の境が手前側にずらされています。 カラン(ハンドルタイプの押し手・固定シャワーと鏡付き)は内側6つ、4つ&4つの島(道具置き場がない)、外側4つの配置です。 ペンキ絵は中島盛夫氏による(田中みずき氏はお休み)「山麓からの白富士(男湯)」&「石川県見附島(軍艦島/女湯)」です(平成22.11.17画)。 <参照> 銭湯ペンキ絵師見習い日記 http://mizu111.blog40.fc2.com/ 内側奥に健康足踏みゾーンがあります。 底に全浴連マークの入った黄色いケロリン型湯桶と緑のM字椅子が使われています。 今やすっかり改修されてしまっておりますが、かつては銭湯の帰りに東川(あずまがわ)の辺で夕涼み・・・なんて光景が普通だったのでしょう。 近くには旧鎌倉街道もあります。歴史散策がてらいかがでしょう。 詳しくは公式HPをご参照ください。 http://www.koubounoyu.com/ 航空公園や狭山湖及び多摩湖を走るランナーの荷物をお預かりしているそうです。 これで埼玉県所沢支部の銭湯(2軒)の報告は完了です。 |
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