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【2017/08/20 05:19 】 |
滝川支部-滝川4 天然温泉 日の出湯
takikawa4-hinodeyu.JPG2012.9.23、例によって帰省のついでにちょいと車で足を伸ばして(・・・といっても片道50km以上ありますが・・・※)、開拓や近隣の石炭産業に関連する物資輸送の要衝として発展した滝川市に残る2軒の銭湯のうちの1軒(近年まで5軒はあったようです)「滝川支部-滝川4 天然温泉 日の出湯(滝川市大町1丁目5-23)」を訪れました。

※実際には「全ての未訪問銭湯が日曜定休」であることを忘れて行ってしまった芦別市から、急遽、計画変更して向かいました。30km程ありますが、30分足らずで到着します(首都圏ではできない早業ですね!)。

(正式に記録を始めてから、)北海道39軒目になります。

JR北海道函館本線滝川駅の東北東方900m程、札幌方面からは国道12号線(中央国道)から明神町1丁目交差点で右折(東方向)して国道38号線(芦別国道)に入り(ショートカットも可能です)、すぐ左手の市役所を過ぎて間もなくの路地を左折(北進)した同市中心街に建つビル型銭湯です。前にベンチが置かれた脇の玄関から上がった2階はご自宅のようで、洒落た屋根に銭湯マークと屋号が書かれています。「天然温泉 日の出湯」と書かれた電気看板も立っています。

入口にかかる暖簾が女湯用!なのにニヤリとしながら入ると、玄関にはスチール製の下足ロッカー(鍵は使用せず)があり、さらに自動ドアの奧が見下ろすほどの高さのあるフロントと休憩スペースで、券売機が使われています。

シンプルな脱衣所はビニールレザーやゴザ敷きで、鍵付きスチールロッカーに加えて籐製の丸籠(中央にオリジナルの木製置き棚)が使われています。中隔壁に建設会社から贈られた大鏡があり、ぶら下がり健康器があります。掲示された温泉分析書の泉温の採取時気温が『-4.4℃』というのが実に北の銭湯らしいです。テルマエ・ロマエ版の「入浴する前にごらんください Look! Before you go in...(残念ながらラテン語併記ではありません)」も貼られています。トイレは立派な水洗です。

浴室は乳白色のプラスチック建材によるやや中央奧に寄せた天井で、奧側が高い湯気抜きになっており、壁タイルは薄黄緑、浴槽背面がヨットの柄が配された青系縦長方形タイル(滝川浴場組合&北海道公衆浴場業組合の2人の子どものイラスト入り「浴槽にタオルを入れないこと」注意書きが貼られています)になっています。中隔壁手前に業務用のドアがあります。

浴槽は内側奥配置に内側から、「宝寿湯」と「温浴素じっこう」を混合した漢方薬湯(内側奧角に三角形の流れ落ちる湯口あり)、背面にジェット2基のある超音波風呂、電気風呂(大きい!/内側奧角に三角形の流れ落ちる湯口があるが出ていない)が1(縦長方形):2(ほぼ正方形):1(縦長方形)のサイズで並んでいます。それぞれの水カランが八角形のハンドル(バルブ)、Waguriの球形の押し手、普通より大きい宝の押し手・・・とバラバラなのも味があります。さらに奧にカルストーン頭低温乾気足熱式サウナ(無料/道産品のようです)があり、その入口ドアに続く外側に小さな水風呂が配置され(外側奧角に三角形の流れ落ちる水口があるが出ていない)、サウナと水風呂の間のシャワーの名残の下の水カランに接続したロングノーズシャワーで水が供給されています。

水風呂が地下水、それ以外の浴槽やカランやシャワーの湯は全て温泉水(中性低張性冷鉱泉/加温しています)が使われています。

カランは固定シャワー付きの逆三角形の押し手で(水はなく湯のみ)、内側7つ、6つ(手前から2つめが超長ロングシャワー!)&6つ(奧から2つめが同じく超長ロングシャワー!)の島、外側6つ(+手前に固定シャワーのみのカランなしが1つ)の配置です。時折、黒っぽいものが混じることがありますが、温泉成分ですのでご心配には及びません。

関西サイズの黄色ケロリンの湯桶に加え緑のM字椅子も幾つか使われています。

ちょうど大相撲9月場所千秋楽、大関「日馬富士」の全勝優勝と綱取りを賭けた横綱「白鵬」との結びの大一番でしたので、女将さんの「見てからゆっくり入りなさい」とのご指導?により、居合わせた入浴客全員での観戦となったのでした。

そんな、女将さんや常連客の会話の弾む、実にローカルな銭湯です。

同市の名物であるタレ漬け込みタイプのジンギスカン、

松尾ジンギスカン滝川本店
http://www.2989.net/

・・・がすぐそばですので(南方300m程)、北海道ドライブor ツーリング旅行の際に車orバイクでお立ち寄りいただき、「銭湯&ジンギスカン(お持ち帰りもできます)」という北海道の王道コースを是非ご堪能ください(駐車場は十分にあります+路上駐車も可能です)。

なお、月曜日が定休、13:30~22:00の営業となっています。首都圏より早く開いて早く閉まりますのでご注意の程・・・。

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【2012/10/07 14:03 】 | 北海道 | 有り難いご意見(0)
滝川支部-芦別4 上芦別共同浴場
ashibetsu4-kamiashibetsuKK1.JPGあまりにもネタが豊富でアップが遅れておりますが、夏期帰省中の2012.8.14、日本最小級の「銭湯(共同浴場)」と思われる、「滝川支部-芦別4 上芦別共同浴場(芦別市上芦別町517-20*)」を訪れました。

*北海道公衆浴場業生活衛生同業組合のHPの215や古い資料に見られる529は誤り(または元の住所?)と思われます。

(正式に記録を始めてから、)北海道38軒目になります。

JR北海道根室本線上芦別駅から東に200m程の寂れた市街地-同市街の(一応は)メインストリート(北海道道567号上芦別停車場野花南湖線)から1本北東側(JR北海道根室本線と逆側/空知川側)に入った裏通り沿いの角-にあります。

ネットに散在する情報を集約すると(年月日に関しては情報がかなり錯綜しています/会社名や炭鉱名は複数の呼称があります)、開拓から炭鉱や林業と複雑な歴史を辿っていますが、上芦別は、

1.明治鉱業上芦別鉱業所(炭鉱)
上芦別の市街地の北東の明治地区(旧金剛地区/野花南ダム※上流の空知川の対岸)にありました。1935年(昭和10年)に東芦別炭鉱として開鉱され、1944年(昭和19年)11月に明治鉱業が買収、昭和20年代の中頃以降に最盛期を迎えましたが、昭和30年代の中頃から採掘条件が悪化したために縮小され、1963年(昭和38年)7月9日に閉山となりました。いわゆる芦別五山(三井石炭鉱業芦別鉱業所・三菱鉱業芦別鉱業所・油谷鉱業芦別炭鉱・芦別高根炭鉱高根鉱業所・明治鉱業上芦別鉱業所)の一角でした。

※初代の野花南ダムは、かつての大手製紙会社の1つであった富士製紙(1887年(明治20年)設立-1933年(昭和8年)初代王子製紙に吸収合併されて消滅)によって、日本初のダム式水力発電所として、1918年(大正7年)に建設されました。現在は老朽化のため新野花南ダムに替わっています(1971年(昭和46年)竣工)。

2.三菱鉱業芦別鉱業所専用鉄道
上芦別駅から北方の辺渓三坑までの8.2km(1949年(昭和24年)12月24日に上芦別-辺渓間6.9kmが開通/1954年(昭和29年)に辺渓-辺渓三坑間1.3kmが開通)と辺渓から分岐した油谷炭鉱までの油谷炭鉱専用線1.3km(1949年(昭和24年)12月24日に開通)があり、いわゆる芦別五山(前出)の一角を占める三菱鉱業芦別鉱業所(辺渓三坑)と油谷鉱業芦別炭鉱(油谷炭鉱)からの出炭を担っていましたが、三菱鉱業芦別鉱業所が1964年(昭和39年)8月29日に閉山したため、3日後の9月1日に廃止されました(油谷鉱業芦別炭鉱は1965年(昭和40年)11月19日に閉山しました)。往時は9600形蒸気機関車(愛称:キューロクまたはクンロク)などが主に石炭輸送に活躍し、末期には、やはり1987年(昭和62年)に全線が廃止されることになる三菱石炭鉱業大夕張鉄道線から譲り受けた9200形蒸気機関車が人気を集めたそうです。

3.芦別森林鉄道
1934年(昭和9年)11月 、帝室林野局上芦別出張所により31.2kmが敷設され、1961年(昭和36年)に廃止となりました。

・・・など(さらに昔にも幾つかの三菱の炭鉱&専用軌道及び森林鉄道が存在したようです)により繁栄した集落で(少なくとも大正中期頃~昭和初期頃は日本でも先進的な地域だったものと思われます)、当銭湯(共同浴場)は正に1と上芦別の市街地を結ぶ泰山橋からの道路沿い、さらには1949年(昭和24年)に敷設された明治鉱業上芦別専用線(坑外軌道/空知川沿いの小径は名残と思われます/空知川を渡る専用橋梁は泰山橋から約100m上流にあったものと推察しました)の近くにも位置するようですので、元々炭鉱が経営していた共同浴場が母体の炭鉱の閉山にともなって閉鎖される際に「共同浴場(利用)組合」に移管して存続したもの(後に移転された可能性があります)と想像されます(炭鉱住宅(炭住)のほとんどには内風呂がありませんでした)。同様の組合が管理する銭湯(共同浴場)が北海道石狩地方の旧産炭地域に散在しています(これから順次ご紹介できればと存じます)。

ashibetsu4-kamiashibetsuKK2.JPG中央に受付(告知用のホワイトボードがかかっています)とボイラー室兼用(上に低い金属製細円筒型煙突が立っています)の管理部分のある平屋の小さな建物で、男女の入口は管理部分の左右に非対称に設置されており(おそらくは女湯がより見えにくい配慮でしょう)、男性側の入口横に風雪に耐えてきたことが偲ばれる「上芦別共同浴場」と墨書された木製看板があります。脱衣所にある落成を祝して寄贈された時計の記載から1981年(昭和56年)に建て直されたことがわかります(このときに移転された可能性があります)。

小窓を通して外で料金を支払い、玄関ドアを開けて入ると半畳程の三和土と同じく半畳程の上がりの玄関で、簡素な木棚が下足入れになっています。

さらにアコーディオンドアの向こうが3畳程の脱衣所で、簡素な木製の脱衣棚とプラスチックの長方形の脱衣籠が使われています。全国公衆浴場組合(全浴連)のイラスト入り「銭湯入浴のマナー(英語・中国語2種類・ハングル併記)」や北海道浴場業生活衛生同業組合関連の掲示物や料金表が、これでも立派な「銭湯」であることを示しています。手前の水洗トイレは新しくなっています。

浴室も四畳半程度の非常に小さなもので、微妙に山型の天井や壁は簡素な建材が使われており、床は緑の小円形タイルになっています。天井に湯気抜きがないので、正面壁に窓と換気扇、外側壁にも換気扇があります。中隔壁の奥側に小さな業務用のドアがあります。

浴槽は外側奥配置に約2m四方の深めのものが1つあるだけです。外側手前にパイプの湯口と水の蛇口があります。

カランは中隔壁に5つのみで、全てロングシャワーが付いており、基本は黒いプラスチック製で中央にの丸が入った円形の押し手ですが、修理のためか多少バラバラになっています(1つは蛇口に・・・)。入口脇に業務用の湯水の蛇口と水飲みもあります。

芦別浴場組合と北海道公衆浴場組合の連名のイラスト入りのお願い文がほのぼのとしています。

因みに、北海道独自の工夫ですが、水道凍結時の対処のため全ての湯水の配管は埋め込みではなく壁伝いになっています(お湯をかけるなどして解凍することができます)。

新しい普通のプラスチックの椅子と湯桶(カランに合わせて5組!)が使われています。

入浴客同士が普通に会話しており、みんな顔見知りであることがわかります。そんな「銭湯・・・いや共同浴場」です。

いつものように「地域の歴史に想いを馳せつつ、是非!」と言いたいところなんですが、あくまでも「地域住民用の小さなお風呂」という位置付けのようですので、ご興味とご理解のある方のみの「ごく少人数(せいぜい3名程度まで)」でのご訪問にお留めください。

自転車やバイク等は浴場前に停められますが、自動車用駐車場はありません(周囲の道路への駐車の際には地域住民にご迷惑のかからぬようにお願いします)。

なお、週4日(火・水・金・日)15:00~19:00の営業となっているようで、北海道公衆浴場業生活衛生同業組合のHPなどの記載とは異なりますのでご注意ください。

北海道にはこんな「銭湯」もあるんですよ!

思わず注釈だらけの超長文になってしまいましたが、銭湯の奥深さを体感した貴重な体験でした。

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【2012/08/26 19:13 】 | 北海道 | 有り難いご意見(2)
「日本最北の銭湯」とは・・・
同名のHP
http://sentotanbonin.iiyudana.net/

・・・には、

 「公衆浴場入浴料金の統制額の指定等に関する省令(昭和三十二年九月十二日厚生省令三十八号/最終改正:平成十二年三月三十日厚生省令第五十七号)」により、「物価統制令(昭和二十一年三月三日勅令第百十八号)第四条」及び「物価統制令施行令(昭和二十七年政令第三百十九号)第十一条及び附則第四項」の規定に基づき、「国民生活安定緊急措置法(昭和四十八年十二月二十二日法律第百二十一号)附則第四条」の規定により「なお従前の例によること」とされていた統制額としての各都道府県知事が決定した料金に従って(それより低料金の場合があります/旧料金のままのこともあります)営業している公衆浴場をいいます(サウナなどを別料金にしている場合があります)。
 特別な料金で営業しているスーパー銭湯は含んでいません。

・・・を銭湯の定義として記載していますが、実は「通常の民間経営(チェーン店を含む)の銭湯」に加えて、「町村や各種組合などが経営する公的な公衆浴場」も一部に存在し、多くは組合未加入であることもあり、後者を銭湯に含めるかどうかで「日本最北の銭湯」が変わってくることになります。

公的な公衆浴場を含む日本最北の銭湯は近い過去を含めて、

船泊湯(礼文郡礼文町船泊村/組合未加入)-未訪問&未報告-

・・・であり、

通常の民間経営(チェーン店を含む)の日本最北の銭湯は、

現時点で、

稚内地区組合-稚内4 みどり湯(緑湯)~日本最北の銭湯~
http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/468/

以前は、

稚内地区組合-稚内1 梅の湯(梅乃湯)【廃業】
http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/470/

さらに以前は、

稚内地区組合-稚内X 吉の湯(稚内市宝来3丁目11-15)

<参照>
廃業銭湯の現況(稚内市)
http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/471/

・・・ということになるのです。

拍手[0回]

【2012/08/23 10:17 】 | 北海道 | 有り難いご意見(0)
廃業銭湯の現況(稚内市)
さらに稚内市のその他の廃業銭湯の現況も幾つか確認してきましたので記しておきます。


☆稚内地区組合-稚内2 扇湯(稚内市中央5丁目11-15)

稚内天然温泉 港のゆ(稚内市港1丁目6番28号 稚内副港市場2階)
http://www.wakkanai-fukukou-service.com/

…に譲る形で※、2007年(平成19年)6月26日(火)、大正12年創業という90年の長い歴史の幕を静かに下ろしました。いわゆる200海里規制以前の昭和52年頃の盛業時には1日200人以上の入浴客で賑わったそうですが廃業前には1日50人程度に減少し他聞に漏れずの同市からの補助金などで地元住民のために細々と経営を続ける状況だったようです。

※公衆浴場法の規定により半径500m以内に2つ以上の公衆浴場は認可されないため、2007年(平成19年)4月下旬に開業した「稚内天然温泉 港のゆ」は北海道条例により公衆浴場の公定料金の5倍以上の料金にしなければならず、利用者の伸び悩みが問題視されていました。経営主体である(株)副港開発の主な株主の稚内市や地元経済界の後先を考えない開業手法も同市市民などから非難を浴びていました。3代目のご主人が銭湯自体の諸事情に加えて公共的見地から英断を下されたようです。

注)2007年(平成19年)6月26日(火)の地元紙「稚内プレス」2面の記事を参考に、同市市民等からの情報も加えて記述しました。

同市のメインストリートであるオロロンライン(北海道道106号線)の西側に、迫り来る崖を背にして建つ、正面に温泉マークと屋号が書かれと屋号の看板がある、古いビル型の簡素な外観の銭湯でした。

ネットに散在する情報を検索しても、残念ながら内部の詳細な状況は伺い知れませんでした(情報求む!)。

既に痕跡はなく新たな民家が建っていました(民家ですので写真は掲載しません)。


☆稚内地区組合-稚内3 旭湯(稚内市港4丁目2-13)

店主逝去のため2010年2月に惜しまれつつ廃業しました。

玄関左右に屋号の書かれた木造・平屋&煙突が煉瓦造りの超レトロ銭湯で、最果ての地の銭湯に相応しい哀愁溢れる姿でした。

あまりにも素晴らしく、かいつまんで記述できるものではありませんので、

東京レトロBBS ver2.0
http://tokyoretoro.bbs.fc2.com/

・・・の該当部分をご参照ください(実に素晴らしい内容です)。

情報に違わず既に建物は撤去され、更地になっていました。生い茂る草が時の流れを物語ります(敢えて写真は掲載しません)。

同名のHP
http://sentotanbonin.iiyudana.net/

…の「記事の中の銭湯」に掲載した「日刊宗谷 2010(平成22)年4月1日(木) 昔懐かしの看板~廃業の旭湯が市に寄贈~」にある、「脱衣所に設置されていた行灯型の広告パネルなど(稚内市に寄贈)」のその後が非常に気になります(詳細をご存じの方はお知らせください)。


さらに、道内チェーンの支店で近代的設備だった「湯らん銭 稚内店(稚内市末広3-6)*…現況未確認」を含めて、近年まで稚内市には5軒の銭湯がありました。

*2000年前後頃に起こったいわゆる「外国人客の取り扱い問題」に絡んで、日本人用と外国人用(主にロシア人用)に浴室や料金を分けたことで物議を醸しましたが、2005年夏頃?に廃業(閉店)されました。


最果て・・・そして国境の港町「稚内」の歴史を飾った銭湯たちに敬意を表し、謹んで合掌!!


追記(即日)
☆稚内地区組合-稚内X 吉の湯(稚内市宝来3丁目11-15)

かつての日本最北の銭湯でしたが、2000年代中頃?に廃業したようです。「いらっしゃい北の銭湯(塚田敏信・著/北海道新聞社)」で紹介されていますので詳細は譲りますが、簡素な外観の素朴な小型銭湯だったようです(ネット上での情報はほとんど検索できません)。既に痕跡はなく更地化されているようです(現況は未確認ながらネット上の各種マップでは跡地に建物が見当たりません)。

・・・というわけで、稚内市には歴史上少なくとも6軒の銭湯が存在したようです。

<必ず参照>
「日本最北の銭湯」とは・・・
http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/472/

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【2012/08/23 04:15 】 | 北海道 | 有り難いご意見(0)
稚内地区組合-稚内1 梅の湯(梅乃湯)【廃業】
wakkanai1-umenoyu.JPG稚内地区組合-稚内4 みどり湯(緑湯)~日本最北の銭湯~
http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/468/

・・・の訪問のついでに、経営者の高齢化や健康問題を理由に2011年10月末で廃業した、かつての日本最北の銭湯であった「稚内地区組合-稚内1 梅の湯(梅乃湯/稚内市宝来1丁目4-6)」の現況を確認しに行きました。

言わずと知れた日本最北の鉄道駅であるJR稚内駅の北西方800m程(途中に昔からの繁華街がありました)、同市のメインストリートである北海道道254号線から1本海側(東側)の仲通りにありました。

比較的広い専用駐車場を備えた、正面上部に大きく温泉マークの書かれたモダンな建物はそのまま残されておりましたが、そっと内部を伺うと物が雑然と積み上げられており、残念ながら間違いなく廃業したことがわかります。

ネットに散在する情報を総合すると、地元で人気のフロント式銭湯で、銭湯マーク・屋号(梅乃湯)・1010が染め抜かれたオリジナルの紺暖簾がかかっていたようです。浴槽は中央奥配置の奧1/3が浅浴槽&手前2/3が深浴槽の2槽式で、同市の銭湯に相応しい「氷雪の門の建つ稚内公園から望む利尻富士(正式名:利尻山/1721m☆)」のタイル絵※(男湯/女湯は不明・・・情報求む!)が見事だったようです。

☆頂上は北峰(1719m)と南峰(1721m)とに分かれており、最高峰の南峰への登山道は崩壊が進んで危険なため、一般登山者は北峰を頂上としています。

※実際には方角が合いませんが・・・。

果たしてきた歴史的役割に改めて敬意を表し、合掌!!

<必ず参照>
「日本最北の銭湯」とは・・・
http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/472/

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【2012/08/21 22:00 】 | 北海道 | 有り難いご意見(0)
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