× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
![]() |
http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/360/ ・・・で報告した「荒川39 又六湯(南千住6-51-19)」ですが、2009.9.4に訪問していたことを失念していましたので(記録を整理していて判明しました/銭湯お遍路53軒目でした)、以下のように訂正させていただきます。 当時はこのようなブログを主宰するとは考えておらず、技術も未熟で、さらに日没後の訪問のため、あまりよい写真が残っておりません。ご容赦の程・・・(画質調整して掲載します)。 南千住駅の西北西500m程の日光街道(国道4号線)からちょっと西側に入った下町に建っていました。平成22(2010)年6月18日をもって廃業しました。懸魚付きの千鳥破風を冠した伝統的な宮造り銭湯で(終戦直後の昭和27年建築)、高い煙突も聳えていました。もちろん番台形式で、それなりの改修はありましたが、脱衣所は中白の折上げ格天井&船底天井の拡張部付きで、内部の建具や各種のアイテムも大いに昔の趣を留めていました。故早川利光氏による、浴室中央に赤富士が聳える立派なペンキ絵(富士川(男湯)と西伊豆(女湯):平成15年6月22日 画)がありました。浴室中隔壁には「水車付きの民家のある湖畔から望む富士(男湯)」と「白鳥(女湯)」のモザイクタイル絵もありました。下町の銭湯らしくあつ湯でした。既に痕跡はなく分譲住宅になっていました。なお、名銭湯だったことを反映して、ネットは多数の記載で溢れています。 改めて、在りし日の銭湯を想いつつ、合掌! |
![]() |
引き続き、すっかりアップがずれ込んでおりますが・・・。
大田57 あやめ風呂 http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/494/ ・・・の訪問のついでに確認した周辺の廃業銭湯の現況です。 ☆大田56 第二弁天湯(大森北3-22-13) 京浜急行平和島駅の北北西方500m程の昔ながらの住宅地の中にありましたが、2008.9.30をもって建物・設備の老朽化(廃業直前は改修もままならなかったよう・・・)と後継者問題のため50年の歴史を静かに閉じました。ネットに散在する情報などを総合すると、昭和31年か32年建築の千鳥破風を冠した平入り形式の宮造り銭湯の正面フロント改造版で、後部に屋号入りのコンクリート製円筒型煙突が聳え、中間の白い部分に楕円形の通気口?のある特徴的な木調折上げ格天井の脱衣所、そしてその手前壁に和装の美人画(4人)、浴室の鏡が珍しいハート型!・・・という非常に広い銭湯だったようです。既に痕跡はなく、建て売り分譲住宅になっていました。 「1010 67 2004 / APRIL 東京銭湯 ちょいとひとっ風呂 P.46」も参照ください(東京都公衆浴場業生活衛生同業組合のHPでオンライン版も読めます)。 往時の賑わいに想いを馳せつつ、合掌! |
![]() |
|