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けやきひろば 春のビール祭り http://www.kizuna-avenue.jp/~beer_keyaki/ …の最終日に繰り出したついでに※JR与野駅まで歩いて戻り(駅間が1.2km程しかありません)、「埼玉県さいたま支部114 むさし湯(中央区下落合2-2-24)」を訪れました。 ※ステージでは「RT☆J」という16人組(オフィシャルウエブサイトの写真は17人だったりネットには18人とか23人とかの画像もあったりしますが最終的に16人に落ち着いたようです)の女性アイドルユニットのライブなんかも行われていました。5月18日が公式発表でデビュー3日目。6月20日に1st Single 『Dream Memories ~瞬間に君が好き~』 release(2nd Single は10月&3rd Single は11月を予定)、8月11日に渋谷REXにて1st 無料ワンマン公演(当日重大発表あり!/2nd 大型ワンマン公演!は11月に都内某所)とのこと。 オフィシャルウエブサイト(現時点ではタイトルページのみ) http://rt-j.com/ 追記(2012.6.26) 完成したオフィシャルウエブサイトを見ると15名の活動となった模様。 おっと新人アイドル紹介ではなく銭湯紹介に戻しまして・・・。 埼玉県29軒目になります。 JR与野駅の西口から350m程南西の比較的古い市街地に建つ、やや簡素な造りの番台式東京型銭湯です。後方に聳え立つコンクリート製円筒型煙突の中央部には、防災無線用?のトランペットスピーカーが4方向に付いています。 入口は左右に別れているものの中が一緒の玄関は(屋号は軒先に控えめに表示されているのみです)、簡素ながらも木調の格天井で、章仙作(鈴榮堂九谷)の「富士山・鶴・松・七福神の乗る宝船(帆に屋号が書かれています!)」の縁起の良い図柄の立派な三六角タイル絵が出迎えます。木札鍵の松竹錠の下足ロッカーが使われていますが、非常に残念ながら相当数の木札鍵が紛失しています(決してお持ち帰りになりませぬよう・・・)。一昔前の「セブン・イレブン」の広告板もいい味わいを醸し出しています。 引き戸の奥の脱衣所も当然に立派な木床&白壁&白壁を折り上げた木調の格天井で、柱や梁やほとんどの戸や窓は木製のままです。浴室入口近くはマーブルタイルの床で、柱の一部には青いタイルが張られ、壁の白タイルの一部には緑色の竹の柄が入っています。番台の脇は雲形の飾り板で、背面には「2001年3月場所千秋楽の貴乃花(息子さんの方)の写真」が額入りで飾られています。天井扇はあまりにも勢いよく回っているため何枚羽根なのかわかりません。常連さん用の木製置き道具棚があり、物置?の木製の戸の古い金属製の取っ手は時代がいい色を付けています。アルミ板鍵の松竹錠の脱衣ロッカーが使われていますが、島状部の上にはなぜかケースに収められた大量かつ様々なフィギュアが載っています。 映画「テルマエ・ロマエ」のポスターとテルマエ・ロマエ版の「入浴する前にごらんください Look! Before you go in...(残念ながらラテン語併記ではありません)」と「全国浴場組合の景品バスポスター(丸山清人氏 画の富士山+田村隆一の詩+銭湯のマナーのイラスト)」が貼られ、女湯には松永光の文章も額入りで飾られています。 外側手前に小さな庭に面した縁側があり、その先のトイレは水洗化されていますが白タイルなどが昭和テイストです。 外側奥の「西部劇の酒場の入口のような戸」の向こうがバックヤードへの廊下につながっていますが、マーブルタイルの床に無地の黄色ケロリン型湯桶が積まれ、小さな浴槽?が見えます(子ども用???)。 浴室は大橋ブルーの天井の東京型で浴槽背面には花柄タイルがあしらわれ、カラン周りはレトロな緑のタイルになっています。 浴槽は外側奥の普通の配置ですが内側深浴槽は通常の半分に縮められて座風呂となり(隔壁は背面側のみです)、外側深浴槽にはジェットが2基あります。内側手前には立ちシャワーもあります。 カランは茶色のハンドルタイプの押し手で(一部は銀色に交換)、内側5つ(中央の1つはロングシャワーで他は固定シャワー)、5つ&5つの島(板状鏡のみでシャワーなし)、外側5つ(内側に同じ)の配置です。 ペンキ絵は「利根川上流?-男湯」&「西伊豆?(富士山が見えます)-女湯」で、銘はありませんが故早川利光氏作のようです。 無地の黄色ケロリン型湯桶が使われています。プラスチックの椅子は小型です。 額入りの吉祥飾紙が脱衣所や玄関に飾られています。 古くは鎌倉街道の上道と中道とを結ぶ羽根倉道上に位置し、室町時代から市場町として栄え、江戸時代には甲州街道日野宿と中山道及び奥州街道とを結ぶ脇往還の人馬継立場として、さらには江戸や川越などの周辺地域の商品物資集散地としての役割を果たしていた旧与野市の昔に想いを馳せつつ、ひとっ風呂を楽しんでみてはいかがでしょうか。 PR |
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埼玉県川口支部1047 お玉湯【廃業間近】 http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/400/ ・・・を訪れたついでに、「埼玉県川口支部(旧鳩ヶ谷市)XXXX 大東浴泉(だいとうよくせん/川口市(旧鳩ヶ谷市)三ツ和1-16-1)・・・登録番号不明」の現況を確認しに行きました。 吸収合併されてしまった旧鳩ヶ谷市役所(現川口市役所鳩ヶ谷支所)の南東方100m程の旧市街に立地します。 後方に高いコンクリート製円筒型煙突が聳え立つ正面フロント改造型の伝統的造りの建物はそのまま残されていましたが、上部に屋号の書かれた入口のシャッターは降りたままで、その付近の草も伸び放題、やはり廃業されていました(近隣の住民の方にも確認しました)。廃業時期は2009年5月末から2011年3月末の間と推定されます。 「一般公衆浴場 大東浴泉」と書かれた電光看板も健在で単なる休業中にすら見えます。 ネットに散在する情報を総合すると、脱衣所は格天井で浴室はペンキ絵(浴室中央に富士山)に加えて浴槽背面及び浴室中隔壁にモザイクタイル絵のある、なかなか湯の熱い銭湯だったようです。 往時を偲びつつ、合掌! なお、 埼玉県川口支部(鳩ヶ谷市)1044 富の湯【廃業】 http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/192/ ・・・も既に廃業となっておりますので、旧鳩ヶ谷市に残る銭湯は「埼玉県川口支部1041 昌見浴場(坂下町2-1-22)」の1軒のみとなってしまいました(近日中に訪問の予定です)。 追記(2014.1.8) 仕事で通りかかりましたところ、建物は撤去されて駐車場になっておりました。 |
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埼玉県28軒目になります。 最寄りである埼玉高速鉄道(東京メトロ南北線と直通運転しています)鳩ヶ谷駅の南西方700m程の今やすっかり寂れてしまった昭和の商店街「辻永堀商店会」の中にあります(古い地域のため周囲の道が入り組んでいますのでご注意ください)。 ・・・といつもの書き出しですが、遺憾ながら実に悲しい報告にならざるを得ません。 な・・・な・・・なんと・・・この5月25日で廃業(5月24日が最終営業)になってしまうのです。 44年間・・・とのことですので、創業は高度経済成長期終盤(第二次高度経済成長期では中盤)の昭和43年(1968年)頃でしょうか。 ご主人の他界や設備の老朽化に加えて、下水道問題(市街化にともなう整備負担金問題?)や旧鳩ヶ谷市の川口市への吸収合併による上水道料金の高騰などが影響しているようです。 薪で沸かしているようです(脇の空き地に山積みになっています)。 シンプルな玄関ではイラストがカワイイおしどりの斜め木札鍵の下足ロッカーと同アルミ板鍵の傘立てが使われています。 木製の引き戸を開けると当然に番台式の脱衣所です。格天井ではないものの洒落た飾り天井で、白壁、木床、柱や梁は重厚な木製となかなかの造りです。浴室近くの床はマーブルタイルです。やはりイラストがカワイイおしどりのアルミ板鍵の脱衣ロッカーが使われています。針式のKeihoku HakariやAsahiの緑色で大きな壁型扇風機といったレトロなアイテムに溢れ、コイン式のドライヤー「NICHIRI・・・恐らく日理株式会社製の推定昭和40年代の製品」の大きな音が響き渡ります。寄贈された鏡に記された隣の理容店はもうありません。女湯にはおしめ台があるようです。トイレも非水洗で、白壁・タイル・裸電球・・・とほぼ昔のままです。 逆に新しいのは、映画「テルマエ・ロマエ」のポスターとテルマエ・ロマエ版の「入浴する前にごらんください Look! Before you go in...(残念ながらラテン語併記ではありません)」と「全国浴場組合の景品バスポスター(丸山清人氏 画の富士山+田村隆一の詩+銭湯のマナーのイラスト)」ぐらいでしょうか。 浴室はブルーに塗られた蒲鉾天井で釜場への戸は傷みの進んだ木製です。浴槽背面は茶系の模様タイルです。浴室中隔壁のモザイクタイル絵は後に立ちシャワーが増設されたため奥の約1/3のみが残っています(古城と湖と遠くの山々)。 古めのタイルの浴槽は通常配置のシンプルな2槽式で内側から、背部に金属パイプから湧き上がる湯口のある深浴槽、座面が少し高くなったジェット3基のある浅浴槽と並んでいます。内側手前に立ちシャワーも5基あります。 カランは年季の入った茶色ハンドルタイプの押し手で、外側6つ(ここだけ固定シャワーあり)、6つ&6つの島(板状鏡のみ(奥1つ分は外れている)でシャワーなし)の配置ですが(内側はありません)、幾つかが銀色ハンドルタイプに交換されていたり、出ないものがあったり、なくなっているところがあったりと(常連さんはタオルなどで上手に押します)歴戦を物語ります。 「浴室中央に富士山のある(おそらく)西伊豆(海には船やヨットなど)」のペンキ絵は銘がありませんが、中島盛夫氏&田中みずき氏によるものとのことです(2010.5.2 画)。布壁なんですね。下部の広告スペースがそのまま残っています。 前作は故早川利光氏による「上州 老神(男湯)」&「南紀白浜 円月島(女湯)」だったとのことです(平成13年5月1日 画)。 <参照> 銭湯ペンキ絵師見習い日記 http://mizu111.blog40.fc2.com/ 黄色のケロリンの湯桶が使われています。 常連客である斜向かいの和菓子屋の先代ご主人が(今は息子さんに譲られたとのこと)、「この商店街は最盛期は23軒あったんだが今はたった4軒だよ。時代の流れとはいえ寂しいねぇ。」「この銭湯ができたときからのつきあいさ。」などとしんみり語られました(廃業理由も解説してくれました)。 番台の女将さんと常連さんたちの会話(昔話)にも哀愁が漂います。 先程のご主人が上がってきて「ほれ!」ともう1本渡されてしまいましたので、なんと2本も飲んでしまいました。 記念の王冠2つの写真です。 休業を乗り越えて地域を癒し続け、地元に愛された銭湯が、また1つ歴史の彼方に消え去ろうとしています。 残すところ、あと1週間あまりです(月・金は休み/17:00~21:30)。 最後の勇姿を是非是非是非・・・ご堪能ください。 |
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