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正確な廃業時期は不明です(ご存じの方はお知らせください)。 往時の様子は、 千葉中央9 亀之(の)湯→【廃業】 http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/2/ ・・・をご参照ください。 建物はまだそのままですが、その扉が再び開くことはありません。いずれは再開発の波に巻き込まれて取り壊されるのでしょうか。 かつての常連だった身に寂しさが一層募ります。 シンプルそのものの広々とした落ち着く銭湯でした。 千葉県の組合加盟銭湯を全制覇して2周目最初の銭湯(&当ブログ2つめの記事)でした。 ご高齢の経営者夫婦と会話を交わした常連のおじさんたちを思い出しつつ、合掌! 同名のHPの関係部分も近日中に改訂します。 PR |
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ご報告が遅くなりましたが、2012.10.25、千葉方面での掛け持ち仕事の移動時間に、「千葉中央1 今井湯(南町3丁目21-25)」の廃業を確認に行きました。
正確な廃業時期は不明です(ご存じの方はお知らせください)。 「水~日の16:00~22:00」と極めて限られた営業のため不安を感じてはいたのですが・・・。 往時の様子は、 千葉中央1 今井湯→【廃業】 http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/114/ ・・・をご参照ください。 既に建物は取り壊され、建て売り分譲住宅の建築中でした。そのため写真はありません。 入母屋破風&千鳥破風(正確には二重千鳥破風ではないようです)の立派な建物とペンキ絵代わりのBOB CLEMENSによるMALIGNE湖(Canada Alberta州Jasper国立公園にある)から望むカナディアンロッキーの写真を思い出しつつ、合掌!! 同名のHPの関係部分も近日中に改訂します。 |
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既にお気付きの方もおられましょうが、新しいスタンプが登場しています。 写真は、 大田32 秀の湯 http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/524/ ・・・のものです(女将さんが「どっちにします?」とのことでしたのでスタンプ帳毎に別々にしてもらったのです)。 デザインの違いをお楽しみ?ください。 新スタンプに切り替えたところもありますが、旧スタンプをそのままお使いのところや、今回のように両方を使っているところもあるようです。 番台またはフロントで注文?するのもいいかも知れませんね。 |
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引き続き、すっかりアップがずれ込んでおりますが・・・。
大田32 秀の湯 http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/524/ ・・・の訪問のついでに確認した周辺の廃業銭湯の現況です。 ☆大田31 一の湯(西六郷1-19-11) 「大田32 秀の湯(前項参照)」の南南東方200m程の「蒲田方面と六郷土手を結ぶバス通り」沿いにありましたが、2009年4月30日を持って廃業しました。ネットに散在する情報を総合すると(廃業前日に訪れた方々の多いこと…動画も見つかります)、入口脇の男湯側の庭の部分にコインランドリーを増設した以外にあまり直しのない入母屋破風&唐破風を冠した宮造り銭湯で(背面が広い空地になっていたため周囲が観察可能だったようです)、後部に屋号入りのコンクリート製円筒型煙突が聳えていました。上に欄間のある玄関は格天井で木札鍵のさくらの下足ロッカーが使われていました。簡素な番台式の脱衣所は木調の折上げ格天井&白壁で、EIKOの針式体重計が使われており、女湯のお釜型ドライヤーはなんと無料だったようです。入浴者心得が昭和27年のものでした。東京型浴室の正面壁には西伊豆?(からの富士/男湯)&瀬戸内海?(多数のヨットや小島が浮かぶ/女湯)のペンキ絵(中島盛夫 画)、男女両方の浴室中隔壁には「熱帯魚の泳ぐ海中」のモザイクタイル絵があったようです。男女両方の浴槽背面には「寒い日の入浴は!」と「地震!その時あなたは 行動-10のポイント」の昭和中期の漫画的イラストによるホーロー製の注意書き2つがありました。カランは固定シャワー付きの赤と青のハンドルタイプの押し手で黄色のケロリンの湯桶が使われていました。金魚の水槽が幾つかあり、玄関を始めとして内外に花と緑の溢れる銭湯でした。既に建て売り分譲住宅化しており、何の痕跡も残されていません。 在りし日の銭湯に想いを馳せつつ、合掌! |
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2012.10.14、休日を利用して、「大田32 秀の湯(新蒲田3-26-1)」を訪れました(昭和12年創業で3代目とのこと)。 銭湯お遍路288軒目です。 外観は簡素な造りで、側後方にヒューム管を重ねたような枠付きの煙突があります。玄関横に屋根付きの広い駐輪場があります(「秀の湯駐車場」と書かれていますが奥行きがそれほどないので普通自動車は無理のようです)。 脇が煉瓦調の壁で上部に屋号入りの電気看板があり、「温泉マークと屋号と婦人・殿方」・・・そして「天然鑛泉」と染め抜かれたオリジナル紺暖簾のかかった玄関は、洒落た飾り天井&塗り壁です。 松竹M型錠の傘立て2つと木札鍵の松竹錠の下足ロッカーが使われていますが、木札鍵はかなりなくなっており、「昨年作ったのに減るんだよ!」とご主人が嘆かれておられました。「◎下足札、持っていかないでください。店主」と書かれた手作りの木製注意板が物悲しく感じられます。正面上部の棚に座る大中小3体(昔は2体だったようです)の招き猫たちも心なしか怒っているようです。 上部の磨り硝子に男湯・女湯と大きく書かれた自動ドア(足踏みマットがセンサー)の奥が脱衣所で、きれいに磨かれた木床、横向き船底天井、金糸入りの塗り壁、木製の柱や梁・・・とかなり豪奢な造りです。浴室との境の壁には黄色の木の柄を配したタイル(浴室と同じ)が使われています。簡素で低い番台の脇にはしっかりと目隠し板があります。中隔の大鏡は贈られたもので(峯製作所と書かれています)、外側の上部に壁型扇風機の名残があり、外側の半間の拡張部分ではぶら下がり健康器が現役で使用されています。 銀文字で屋号などの書かれた黄色い長方形または青い楕円形のプラスチック札の付いたディンプル鍵の松竹錠の脱衣ロッカーが使われており、ドライヤーのオムロン製コインタイマーは古く、ゴザ敷きの縁台が置かれ、「東京大沼」と書かれたメーカー不明の古い貫目表示の針式体重計があります(どこかの廃業銭湯から譲られたものでしょうか?)。 正面の中央の柱には、子ども(お孫さん?)が書いたと思われる微笑ましいメルヘンイラスト入りで手書きの営業案内が貼ってあります。 有線の演歌が流れています。 手前のドアを開けると木製の短い廊下になっており(正面はコインランドリー)、脇のドアの奥のトイレは水洗ですが、銀糸入りの塗り壁、下部が花のようなデザインの青系タイル、木窓、裸電球(LEDになっています)・・・とレトロ感いっぱいです。 横広の浴室は湯気抜き部分がやや蒲鉾状の大橋ブルーの天井で、外側壁の一部は透明とブルーが千鳥配置になったガラスブロック壁、浴室中隔壁は黄色の木の柄を配したタイル、浴槽背面にはきれいな花のパターンが1つあります。 浴槽は通常の外側奥配置ですが(外面がグリーンの木の柄を配したタイル)、内側から浅い座風呂2基を含む浅浴槽、背面に岩入りの格子状湯口のある湧き上がるバイブラの浅浴槽、そして黒湯(表示はありません)の深浴槽と並んでいます。外側手前の半間の拡張部分に簡素な混合栓の立ちシャワーも2本あります(壁は黄色の木の柄を配したタイル)。 カランは固定シャワー付きで中央に赤と青の丸のある茶色ハンドルタイプ(赤と青のハンドルタイプが1つずつ)の押し手で、内側7つ、6つ&6つの島が2つ、外側5つの配置です。 上が円弧状になった画面の正面壁のペンキ絵は、トタンに描かれているためか比較的に良い状態ながら銘は消えてしまったようです。ネットに散在する情報などで補足すると、故早川利光氏の最晩年の作品で(平成20年9月25日 画…最後の作品ではないようです※)、「伊豆(男湯)&大歩危(女湯)」のようです。因みに、前作も同氏による平成16年10月15日 画の西伊豆海岸(男湯/富士は浴室中央に聳える)だった模様です。浴室中隔壁には「岸に水車小屋のある川から望む山々」の洋風モザイクタイル絵があります。 ※ <生涯最後の作品> 埼玉県越谷支部511 蒲生温泉 http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/135/ <都内最後の作品> 台東2 初音湯【廃業】 http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/33/ 黄色のケロリンの湯桶が使われています。 温泉分析書が見当たりませんが(環境庁の鉱泉分析法指針に基づく鉱泉分析試験を実施したものの温泉台帳未登録(未申請)のようです)、立派な黒湯の温泉ならぬ「鑛泉」銭湯です。立地の関係上?、常連専用的な趣ですが、銭湯愛好家の皆様のチャレンジをお待ちしております。 以上、本日の銭湯に向かうJR京浜東北線の車内からのアップでした。 |
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