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【2018/10/22 14:26 】 |
埼玉県川口市のその他の廃業銭湯の状況
前々項の、

埼玉県川口支部1023 せんなり湯
http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/435/

・・・を訪れたついでに、

埼玉県川口支部1015 前村湯【廃業】
http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/437/

・・・と同様に住所が明確な近隣の幾つかの廃業銭湯の状況を確認してきました。

☆亀の湯(本町1丁目2-4)
言わずと知れた町田忍氏監督のDVD「東京銭湯」に取り上げられた8軒(+ペンキ絵での収載1軒)の中の1軒です。創業は明治25年(1892年)で100年を越える歴史を誇りましたが、惜しまれつつも2008年9月28日に廃業となりました。昭和6年(関東大震災後)に建て直されたアールデコ風の建物はあまりにも有名で、ここでかいつまんで説明できるようなものではありません。各種記録(名銭湯の1つなのでネット上にもかなりの記録が残されております)をご参照ください。2011年までは建物が残されていたようですが、現在は建て売り住宅化しており、なんの痕跡も残っていません。

☆鈴の湯(本町3丁目10-4)
正確な廃業時期は不明(2004.7.15以降?…2004.6.30という情報もあり)。ネット上にも情報が少ないのですが、千鳥破風を冠した伝統的な造りの銭湯だったようです。宅地化しており、なんの痕跡も残っていません。

☆領家浴泉(領家2-13-6)
正確な廃業時期は不明(少なくとも2007.7.28以降?)。ネット上にも情報が少ないのですが、伝統的な造りの銭湯の正面フロント改造版だったようです。建て売り住宅化しており、なんの痕跡も残っていません。

改めて合掌!

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【2012/07/07 00:16 】 | 埼玉県 | 有り難いご意見(0)
埼玉県川口支部1015 前村湯【廃業】
kawaguchi1015-maemurayu.JPG前々項の、

埼玉県川口支部1023 せんなり湯
http://sentotanbonin.kai-seki.net/Entry/435/

・・・を訪れたついでに、埼玉高速鉄道川口元郷駅の南東800m程にある、2011.12.27に廃業した、「埼玉県川口支部1015 前村湯(元郷3-10-11)」の現状を確認しに行きました。

目前まで住宅が迫っていますが、小路の奧には「レトロ感の強い平入り建築の銭湯」がそのまま厳かに建っていました。後部に聳えるコンクリート製円筒型煙突と遠くに聳え立つタワーマンションの対比が、この地域の変貌を象徴しているかのようです。

ネットに散在する情報を総合すると(名銭湯の1つだったのでかなりの記録が残されています)、番台式で木調折上げ格天井の伝統的な脱衣所には中隔壁の上に敬心社の行灯型広告があり、浴室には中島盛夫氏画のペンキ絵(下部に広告)や浴室中隔壁の見事なモザイクタイル絵があり、金属製の「湯」のカランや女湯には洗髪用の足付きケロリンの湯桶まで残る、実に味のある銭湯だったようです。

私の転居後に足を伸ばす前に、実に・・・実に・・・実に残念なことに廃業してしまいました。泪を堪えつつ呆然と玄関前に立ち尽くすのみでした。

昭和35年(1960年)5月6日創業とのことですので、半世紀を越える歴史を刻んだことになります。

往時の賑わいに想いを馳せつつ、謹んで合掌!

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【2012/07/06 23:34 】 | 埼玉県 | 有り難いご意見(0)
埼玉県川口支部1017 ふくの湯
kawaguchi1017-fukunoyu.JPG仕事のスケジュールの関係でアップが遅くなりましたが、2012.7.1、休日を利用して、「埼玉県川口支部1017 ふくの湯(元郷5-19-10)」を訪れました。

埼玉県37軒目になります。

埼玉高速鉄道川口元郷駅の東南東方700m程の都市化が進みつつある比較的に昔からの住宅地に建つ完全ビル型銭湯です。「露天風呂 サウナ エステバス」と書かれた電気看板が2つあり、裏側から、屋上に4面の、後面上方にいい具合に先が煤けた金属製細円筒型煙突が見えます。5階はご自宅のようです。

駐車場(外も含めて50台分!)とコインランドリーに挟まれた1階に入口があり(上部のガラスに屋号が書かれています)、返却式の100円下足ロッカーと同様の傘立てが使われています。廃材で沸かしているようです(1階車庫に山積みになっています)。

1階部分が2階まで吹き抜けになっているので、階段かエレベーターで上がった3階がフロントになっています。暗証番号式の無料貴重品ボックスが完備されています。入浴券及び飲食券の券売機が2台あります。

脱衣所は木床ながら簡素で手前に4階のサウナ専用休憩スペースに上がる階段があり、ディンプル鍵の松竹錠の脱衣ロッカーが使われています(籐製の脱衣籠も2つあります)。

浴室は平天井で、床は浴槽と同じく小円形白タイルで統一されています。

浴槽は、外側手前から立ちシャワー2基(最も手前がピンクのロングノーズ)、ぬるめの宝寿湯、内側に張り出した大きな水風呂と並び、さらに通路を挟んで寝風呂&体が浮く寝風呂、腰へのジェットのある座面とバイブラのある浅風呂、奧角に超!強力な打たせ湯、湯が流れ落ちる3段(上り)の階段&隔壁&2段の階段(下り)の上の内側に座風呂・ボディーマッサージバス・エステバス・不思議なジェットバス(下から噴き上がります…浮いて使う?)、そして階段手前に電気風呂・・・という驚きの立体配置になっています。内側中央に電気サウナ(別料金)と機械室があり、機械室の扉の上に大型テレビが埋め込まれています。外側奥のドアを開けて外階段を上がった5階にあたる屋上に、かなり大きな岩風呂風露天風呂(石組み風の湯口があります/白色の濁り湯でした)とその1/3ぐらいの岩風呂風水風呂と遠赤外線サウナ(別料金)があります。

カランは固定シャワー付きの銀色ハンドルタイプの押し手で、サウナの内側壁に2つ&手前壁に3つ、外側手前のスペースの外側に7つ&内側に3つ、そして4つ&4つの島の配置です。

黄色のケロリンの湯桶が使われています。

フロントの前の大型テレビの置かれた休憩スペースに加えて、カウンターや小上がり部分のある非常に広い休憩室があり(こちらにも大型テレビが2台…なぜか古い木製の臼と杵も置かれています)、飲食メニューが非常に充実しています(思わず樽生ビール300円と唐揚げ200円をいただいてしまいました!)。

10枚分のお値段で11枚綴りの回数券もあります。

初めての方は親切なご主人が懇切丁寧に案内してくれます。

子ども向け・家族向け・サラリーマン向けなどのイベントも企画されているとのことです。今は子どもたちに七夕飾りの短冊を書いてもらっています。

周囲の超高層を含めたマンションにお住まいの方々、通常の銭湯料金でこの設備はお得です。年中無休で土日祭日は午前9時からの営業です。是非!!

<参照>
埼玉県川口支部1017 ふくの湯【2回目】

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【2012/07/05 16:02 】 | 埼玉県 | 有り難いご意見(0)
埼玉県川口支部1023 せんなり湯
kawaguchi1023-sennariyu.JPG仕事の関係でアップが遅くなりましたが、2012.6.30、休日を利用して、「埼玉県川口支部1023 せんなり湯(東領家1-21-8)」を訪れました。

埼玉県36軒目になります。

領家(りょうけ)とは荘園領主に由来する地名ですので、西方には昔、荘園領があったものと想像されます。

埼玉高速鉄道川口元郷駅の1.7km程南方(逆に日暮里・舎人ライナー舎人駅または舎人公園駅から新芝川を渡って1.8km程西方)の割と古くからの市街地にある、やや後の時代に建てられた千鳥破風を冠した東京型銭湯です。増築部分(後述)以外、外観はあまり変わっていないようです。庭の大樹に加えて周囲も緑いっぱいで、裏手には鮮やかな銀色の枠付き金属製細煙突が聳え立ちます。廃材と重油?を使用しているようです。なぜか猫がたくさん散歩しています。

ブロック塀に挟まれた玄関はフロント及び休憩スペースと一体で、木札鍵の松竹錠の木製下足ロッカーと松竹M型錠の傘立てが使われています。

脱衣所は木床ながら簡素で、普通鍵のSAKURAⅢの脱衣ロッカーが使われていますが、上は自由スタイルの置き道具で溢れています。なぜか油絵(川の流れる平地から望む山々の冬景色)が飾られています。埼浴川口支部による「(貴重品についての)お願い」は昭和54年のものです。懐かしい瓶のコカ・コーラの自動販売機が置かれています。

手前には大樹が生え広い縁側(雑多な物で溢れています)付きの庭もあります。

外側の水洗トイレの壁などの修理跡に苦労が偲ばれます。

浴室は薄黄緑に塗られた簡素な東京型で、天井もペンキ絵があったであろう部分を含む壁もそれぞれ建材で覆われています。下部はカラフルな幾何学模様の配された新しい白系正方形タイルの斜張りになっています。外側には庭を取り巻く形で木製の低い天井と壁の増築部分があります。

浴槽は、まず通常の外側奥配置でバイブラ付きの大きな浅浴槽があります(埼玉のお風呂屋さん(埼玉県公衆浴場業生活衛生同業組合)やLet’s Enjoy TOKYOのHPに掲載されている写真のような八角形の浴槽はありません)。内側と外側の手前に簡単な混合栓でロングノーズの立ちシャワーがあります。既述の増築部分の奥には大きな湿式サウナ(無料!)、手前側にはかなりぬるく水風呂に近い、打たせ湯3つ(1つのみ稼働)及び座式ジェット4基(浮き加減で入ると最高!!)のある約3m角の正方形の深浴槽があります。

カランは固定シャワー付きの茶色ハンドルタイプの押し手で、内側奥2つ(釜場への戸の直近!)、(業務用の小さなドアを挟んで)内側手前4つ、4つ&4つの島、外側4つの配置です。

黄色のケロリンの湯桶が使われています。

川口市立東スポーツセンター(略称はなんと東スポ!!)のすぐ近くですので、運動帰りに汗を流されてはいかがでしょうか。駐車場も十分です。是非!

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【2012/07/03 17:00 】 | 埼玉県 | 有り難いご意見(0)
埼玉県さいたま支部(桶川市)408 梅の湯(梅乃湯)
saitama-okegawa-408-umenoyu.JPG既に一昨日(2012.6.28)になりましたが、久し振りの平日休みを利用して、紅花で有名な(江戸時代は最上地方に次いで日本第2位の収穫高だったとのこと)旧中山道第6番目の宿場町「武州(武蔵国)桶川宿」であった桶川市にある、「埼玉県さいたま支部(桶川市)408 梅の(乃)湯(南1-6-10)」を訪れました。

埼玉県35軒目になります。

JR高崎線桶川駅東口から北東に延びる昔ながらの商店街(埼玉県道134号線)を200m程進み、旧中山道(埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線)の1本手前の路地を右折してすぐにある、大正11年創業・建築(後に増築・改修…後述)の平入り形式の小型銭湯です(以後、各種情報はかなりご高齢とお見受けするご主人にお聞きしました)。温泉マークと「美と健康の泉 超音波温泉」と屋号(梅乃湯)の書かれた電光看板がありますが、上部の湯気抜き部分を始めとして相当部分は木造のままで(隣の住居部分も木造!)、後部に低めの枠付きコンクリート製細円筒型煙突が立っています。

周囲は古くは江戸期からの建物が散在する歴史的地区で、新たに開発された桶川駅西口側と対照的です。隣接する浄土宗 浄念寺の朱塗りの仁王門(山門)は元禄14年(1701年)に再建されたもので(新編武蔵風土記稿に記載)、上部の梵鐘は寛保元年(1741年)に鋳造されたものが第2次世界大戦時に供出となったため昭和40年(1965年)に再鋳造されたもの、楼下の左右一対の仁王像(阿形像と吽形像)は明和5年(1768年)の開眼とのことです(掲示版より引用)。

間に「超音波温泉 梅乃湯(と男女表示)」と書かれた簡素な看板のある昭和の香り漂う男女別の入口を、それぞれにある屋号(梅の湯)が染め抜かれた年季を感じさせる色褪せたオリジナル紺暖簾(3条ですが真ん中が捲られています)を潜って入ると、三和土からそのまま上がる脱衣所になっています。

階段状の踏み台で上がる低めの木製番台は下部が下足棚になっており、座面は畳敷きのようです。木札鍵の松竹錠で全体も木製の時代を感じさせる下足ロッカーもあります。

脱衣所は床や天井が木製の簡素なもので、浴室から1mあまりのところに境目があります(理由は後述)。外側奥にバックヤードへの戸があります。アルミ板鍵の松竹錠の脱衣ロッカーと籐製の脱衣籠が4つ使われています。松竹M型錠の丸形傘立ても現役で使用されています。ぶら下がり健康器は物干し化しているようです。中隔壁の大きな鏡は寄贈されたものです。手前側の木棚に自由に道具が置けるシステムで大量の道具が溢れています(常連は多いようです)。

埼玉県公衆浴場業「環境」衛生同業組合と埼玉県公衆浴場業合理化相談所による「健康をつくる近代化浴場」の掲示は昭和42年10月のものです。対照的に地元小学生の手書きポスターも貼られています。

外側のトイレは水洗化されていますが、天井は古い木製で床は青系マーブルタイルなどレトロ感が一杯です。

浴室は下部が改修されてヨットや鴎(かもめ)や砂浜に置かれた小舟の柄の配された紫系洋風タイルになっていますが、上部は昔のままで、壁や天井は木製、戸や窓の多くも木製のまま残されています。中央が縦長の湯気抜きになっていますが(天井部は金属トタン…少々錆が見えます)、脱衣所の境目部分まで食い込んだ形になっています(理由は後述)。手前側以外の3方には窓が配置され煙突や樹木が見えます。浴室中央に前後を分けるように木製の梁(補強のための金属パイプが中央縦に立っています)があります(理由は後述)。それらの木製及びトタン部分は郷土資料館などで見るような鶯色に塗られています。

浴槽は通常の外側奥配置ですが、内側がバブルのある深い部分&外側がジェット1基のある浅い部分になった1槽式です。

カランは固定シャワー付きの銀色ハンドルタイプの押し手で、内側と外側に7つずつと浴室中央部に4面にカランが1つずつある約60cm角の正方形の島(シャワーも鏡もありません)が斜に配置されています。

黄色のケロリンの湯桶は十分にあるのですが、椅子はプラスチック製の丸形と角形を合わせて7つのみです。

小さなペンキ絵がありますが、傷みが進んでいるため男湯はもはや何の絵だったのか判別できず(当然に作者も描画年月日も不明です)、女湯にはなんとか白い灯台と鴎(かもめ)が見えます(潮岬あたりでしょうか…ご存じの方はご連絡ください)。最下部に「美容と健康の素 オゾン温泉?」の文字が辛うじて判読できます。ペンキ絵自体の内側下部に「医院・時計眼鏡店・呉服屋・料理屋」の4つの広告があるのですが、市内局番が3桁なので驚くことに現役のようです。

さて、問題の増築・改修前ですが、実は脱衣所の境目部分から浴室中央部の梁までの大きさで(現在の1/3程度)、男女それぞれ浴室中隔壁に沿って小さな浴槽があり、カランはなく浴槽から直接汲み出して使うスタイルだったとのことです。脱衣所も非常に狭いものだったようです。

水戸のご老公が「紅花の独占とかわいい庄屋の一人娘を狙う藩役人(代官?)と悪徳御用商人の悪事を懲らしめ、まじめな青年(お百姓)との恋を実らせ、民衆には平和をもたらして大団円」なんて妄想?に浸りつつ(当然ながら架空の話です…黄門様ご一行が訪れる度に悪代官と悪徳商人なのは不幸ですなぁ…)、湯船から見上げる浴室上部の眺めは絶景です。

大名の定宿として本陣・脇本陣を備え、交通・経済の要所として栄華を誇った桶川の歴史に想いを馳せてのひとっ風呂はいかがでしょうか。

遠くから訪れる価値の高い銭ちゃん中級者以上向け?の銭湯です。是非!!!

注)16:00~22:00と営業時間が比較的短く、週2日(日・月)が定休になっています。ご注意の程・・・。

拍手[3回]

【2012/06/30 13:27 】 | 埼玉県 | 有り難いご意見(0)
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