今回は特別に女将のご厚意により内部写真を撮影させていただきました(お客が私1人になったのです)。
そのため報告をまとめるのに時間がかかりましたが、2011.6.23、創業80年以上(大正末期か昭和初期の創業・・・2代目)という「埼玉県幸手支部(杉戸町)602 弥生湯(北葛飾郡杉戸町杉戸3-1-12)」を訪れました。
埼玉県12軒目になります。
因みに「埼玉県幸手支部(杉戸町)601 巴湯(北葛飾郡杉戸町杉戸3-3-6)」とは、ほんの200m程しか離れておりません(丁目まで同じ・・・近々報告の予定です)。
宮代町にある東武動物公園駅(旧名は杉戸駅)の東口(東武動物公園とは逆方向)からの道を真っ直ぐ進んで、大落古利根川にかかる古川橋を渡って杉戸町に入り、もう少々歩いた道沿い左手に建っています(看板があります)。日光街道杉戸宿の旧市街にあたります(本陣跡地近く)。
簡素な建築の東京型小型銭湯で正面側には何やらモダンな雰囲気が漂います(昭和30年代あたりの建築)。玄関の上には温泉マークの模様ガラスもはめ込まれています。
後部は驚きの『木造』です。瓦材の管を重ねて金属枠で囲った、東京にはあまりないタイプの煙突があります。
よく見ると昔の煙突の痕らしきものもあります。
脇の道は元用水路です。
山積になっていることでおわかりのように、井戸水を薪で沸かした非常に当たりの柔らかいお湯なのです。
シンプルこの上ない青暖簾を潜って玄関に入ると、床のタイルがカラフルで、正面の「丁寧にお辞儀をする福助」の三六角タイル絵(章仙作:九谷)が出迎えます。
下足ロッカーの木札鍵はごく一部しか残っておりません。
模様硝子のはまった木製の引き戸を開けて中に入ると、完全に昭和中期で時間の止まった空間が出現します。
木製で低めのシンプルな番台、古いながらもきちんと磨かれた木床、木製の脱衣ロッカー(下足ロッカー同様に金属札鍵はごく一部しか残っておりません/通常タイプの脱衣ロッカーもあります)、籐製の脱衣籠、新築祝い?に贈られた脱衣所中隔壁の鏡と脱衣所中央の縁起物の額(宝船)、何やら大きな体重計(・・・というより重量計?)、現役で稼働する三枚羽根の天井扇、古い記載の掲示物、広告・・・。
全てが昭和レトロそのものです。
浴室も入口の引き戸と窓がアルミサッシになっている以外、ほとんど手が加えられておりません。
浴槽は古いタイルのシンプルな同じサイズの2槽式で、内側深湯が熱め、外側浅湯が温めとなっており、隔壁下部から湯が沸いています。
カランは主にWaguriの球形で(一部は温泉マーク・・・ないものも1つ)、内側4つ(ここだけ後付けの固定シャワーあり)、2つ&2つの島(鏡もシャワーもなし)、外側2つ(鏡のみあり)の配置になっています。
鏡の下部には昔の広告の名残があります(寿司屋・洋菓子店・洋服店・電機店・・・機の字が古い略字・・・杉戸駅(東武動物公園駅の旧名)前との記載もあり・・・他)。
浴槽背面には「滝からの急流&水車小屋~洋風?の民家~カワセミ(1羽は魚をくわえている)~湾から望む山々~松に鷹」の三六角タイル絵があります(女湯は「金魚が泳ぎおしどりがおり小島に赤い太鼓橋(人が渡っている)のかかる池のある日本庭園(民家もある)から望む富士山」の図で水カランも真鍮製らしいです)。
浴室中隔壁には「桜堤の川に架かる鉄橋~船~山頂の城」のモザイクタイル絵もあります。
かつてはペンキ絵があったであろう浴室正面壁は白塗りになっています。
床のタイルは白い六角形の蜂の巣模様です。
内側手前側にある掃除用の蛇口もまた何とも味があります。
湯桶も当然に黄色のケロリン、そしてこれまた当然に緑のM字椅子が使われています。
詳細は敢えて省きますが(ご想像の通りです)、トイレも完全に時間が止まっています(前室にはかつて使われていた傘立てとタンク式の手洗い場もあります)。
「こんな時代は終わりなのよね」といつも女湯側にいる女将が悲しくつぶやかれました。
東武動物公園からそう遠くないところに、こんな素晴らしい銭湯があるんです!
遠くから訪れる価値のある銭湯と思います。銭湯マニアの方々のチャレンジをお待ちしております。
[10回]
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